氷上河川の流水データによる氷河融解モデルの高精度化

スティーブ・ワーブロウ | 2018年12月18日

氷上河川の流水データによる グリーンランド氷河融解モデルの高精度化

著:スティーブ・ワーブロウ - コントリビュータ

氷上で


On Ice
氷上から、キャンピング道具の入ったネットを、安全な場所へと移動させるためヘリコプターが飛び立ちました。

吹きさらしの氷上から、数人の科学者がそれを見守りました。その前日、科学者グループはその場所を、グリーンランド氷床表面に広がる氷解水の流水についての、数日に及ぶ大型研究ポイントとして選定したところでした。ところが、ヘリコプターで到着した朝までに激しい出水が発生し、車サイズの氷の塊がエリア全体に広がっていることに気づきました。


科学者チームが、グリーンランド氷床キャンプから、ヘリコプターが飛び立つのを見送ります。写真提供:リンカーン・ピッチャー

衛星写真と、前日に氷上を飛行・分析して選定したこの測定位置は、見た目ほど安全ではなかったのは明らかでした。

パイロットは、数時間でチームのもとに戻ると約束しました。

「飛び立つ彼を見て、『いったい僕たちは、何をしていたのだろうか』と思いました」ワイオミング大学大学院生のブランドン・オーバーストリート氏が笑いながら振り返ります。

地平線にかかる低い雲の厚い塊を心配そうに見つめながら、ヘリコプターの飛行に影響が出ないことを祈ったそうです。

数フィート先では、ロサンゼルスのカリフォルニア大学(UCLA) 大学院生リンカーン・ピッチャーが、何マイルもの氷に囲まれるという冒険を大いに楽しんでいました。彼らのチームと遠い文明を繋ぐ唯一のツールは、バッグに入った衛星電話だけでした。

「他にどこでそんな体験ができるでしょうか?」



氷河融解域

グリーンランド氷床を構成している氷河氷は、隆起により幾つかの地帯に分裂します。

標高の高い極寒の地には、雪とフィルンの積層地帯があり、フィルンは、雪と氷河氷の中間を占める高密度に圧縮された古い雪(粒雪)の層を示します。

標高の低い地帯では、周囲温度が上がり雪やフィルンが溶け、太陽光により氷が融解し、蒸発・昇華した氷河融解域があります。

UCLAのローレンス C. スミス氏指揮のもと、氷床の進化研究に適した、流出量が多い氷河融解の中間域でプロジェクトを敢行し、気候変動による氷河融解への理解が深まってきました。


未知の領域へ

オーバーストリート氏やピッチャー氏はグリーンランド氷床 - 280万立方キロメートルの氷で覆われた、全長2400kmに及ぶ青白いグリーンランドのことを既に研究していました。両氏は2012年に、UCLA ローレンス C. スミス氏及びラトガース大学教授アサ・レネマルム氏率いる調査隊に参加し、氷床表面を流れる氷解水から出来た氷河河川が、ムーランと呼ばれる立坑へ消えて無くなる直前で、その氷解水の流量を直接測定することに成功しました。 過去の氷解水の研究は、ツンドラから徒歩圏内にある、氷床の端に位置する氷河前縁河川で行われてきました。


チームは、深いムーランへと流れ落ちる氷河河川の川岸にキャンプ(写真右上)を設営しました。写真提供:ジョニー・ライアン

チームの2012年の実地調査は革新的で、最新ツールや技術が、北極でも成功裏に使用できることを裏付けました。(実は、ベテランの氷解水研究者が地元での訓練について話す時には、「地上の河川」という語彙を敢えて使います。これは、一般的な研究環境を、氷河水文学の特殊な特性と区別して示すためです) 

2015年、スミス氏、レネマルム氏とチーム - UCLA 大学院生のマット・クーパーを含む - はグリーンランド南西部に戻り、3日間連続のモニタリングを通して、氷解水の流出量研究をしました。2012年の調査では氷解水移動についてのスナップショットが提供できたとしますと、2015年の研究と、その後 さらに2016年に同じ水流を7日間連続で毎時測定したフォローアップ研究に至っては、映画が撮れるほどの内容でした。


「もし...ある一時点だけで流出を捉えた場合、全体像の大部分を見逃すことになります。」写真提供:ジョニー・ライアン

 「2012年に氷河上の流水データ、特にグリーンランド氷床の内部を流れる大型流水研究データは僅かでしたので、我々の戦略はただ『なるべく多くの河川からデータを取り込もう』でした。」 オーバーストリートは続けます。「そして、もし...ある一時点での流水量しか捉えられなければ、全体像の大部分を見逃すことになります。」2015年、我々は1本の川だけに焦点を当て、流出量の日毎の変化を見るようにしました。


現地の真実

氷解水の日毎の水流変化を測定することにより、氷河融解の数学モデルの精度検証に関して貴重な見識と、モデル改善を支える不可欠なデータを得ることができました。

幅広い気候科学分野に従事する科学者は、表面質量収支モデルを用いて、氷雪面における温度、太陽放射とその反射率から氷河融解の速度に及ぼす影響を予測しています。

1980年~90年代まで、グリーンランド氷床から海洋に沈降した大部分の物質量は、氷河の動的流れ、つまり氷と雪の重さにより変形して海へと向かうゆっくりとした氷河の動きに起因するものでした。つまり氷河の流れの終焉で、氷河の先端が海へと崩れ落ち、できた氷山が融解することにより海に水を供給します。


HydroBoard IIに取り付けたSonTek RiverSurveyor M9の 「コンパス校正ダンス」をする、ブランドン・オーバーストリート。写真提供:リンカーン・ピッチャー

しかしながら、ここ20-30年の間で、氷河から海への主要な水の供給源として、氷河融解が氷河の動的流れを上回ってきているとクーパー氏が言います。

更に、氷解水がムーランに流れ込むことが、氷河の動的流れの速度に影響すると話します。氷解水が狭い水路を通って氷河の底へと流れこむと、それが加圧されて、油圧ジャッキのように氷河を持ち上げ、結果、海への氷河の滑りを速め、海上氷山を生成する速度が増します。

しかし、氷解水の流出量が増加してより効率的な輸送ネットワークが形成されるようになると、つまり、より高い融解速度により氷河の底の圧力が低下し、氷の動きを抑制させることがあります。

氷解水がどれだけ速く海へと流出しているのか、またそれがどれだけ氷河自体の動きの速度に影響を与えているのかについての評価と結果予測には、表面質量収支-氷河融解モデルが、不可欠なツールとなります。


HydroBoard IIは、安定性を高め先端の沈み込みを最小限に抑えるリグと、調整可能なフィンを搭載し、Rio Behar(リオ・ベハール)の急流でも優れたパフォーマンスを発揮しました。写真提供:リンカーン・ピッチャー

スミス/レネマルム両氏のチームは、研究対象となる氷河上の河川を選定し、同僚の名を取ってRio Behar(リオ・ベハール) と名付けました。72時間連続で、河川の流向・流速測定及び気候の詳細な読み取りを同時に行い、水の動きと状況に関する膨大な現地データを収集しました。次にモデリング・チームと協同で、現場の気象データとあわせて計算されたモデルのアウトプットと、フィールドデータとの比較をしました。

ここで、表面質量収支モデルでは、流出量を21-58%過大評価していたことが判明しました。さらに、モデル予測には反映されていませんでしたが、高融解期間と河川の流出量増加には0.4~9.5時間のタイムラグが生じていました。

大きな振り幅

氷解水流の日内周期の目立った点はその変動の大きさです。リオ・ベハールの流量は、時間によって4.61~26.73 m3/s で推移します。水路の幅と深さは流出量によって実に様々です。

これが研究者達にとっては重要な課題となりました。微小な泡や氷結晶を含む氷河上の河川の源水でも、超音波ドップラー流向流速プロファイラーが正確に測定できることを証明しました。


水流が速く、氷河の奥深くへと落下する河川で測定する際、安全ハーネスと堅牢設計の機器は不可欠です。写真提供:リンカーン・ピッチャー

しかしながら、浅水域で遅い流速を計測するための最適な周波数が、深く、速い流速の水路には適さない場合があります - SonTekのアプリケーション・エンジニアのブリタニ―・ジェナー氏がコメントしています。

深層水では、低周波数、長波長の音波信号を用いることで、水量を計算するために必要な川岸や河床のデータ、及び水流の速度と流向の正確な測定が効果的に行えます。高周波数、低波長の音波信号は、浅場の速度と水流測定に適しています。

グリーンランドチームはSonTek RiverSurveyor M9を採用。ジェナー氏曰く、RiverSurveyor M9は、深度と速度データを元に、1.0 MHz或いは3.0MHz、どちらのビーム周波数を使うかを自動で決定する機能を搭載し、最高レベルの計測クオリティを可能とします。また、RiverSurveyor のSmartPulseHDテクノロジーにより、現場の計測環境に応じて、サンプリングするセルの大きさを選択し、計測が最適化されます。

「初期設定の仕方は知らなくて大丈夫でした。機器自体が把握していたのです」と彼女は言葉を加えました。


地質学者、気候学者、モデル解析学者がグリーンランドの現地調査データ・モデルでチームを組みました。写真提供:リンカーン・ピッチャー

彼らの足元に

UCLA地理学者・地質学者ローレンス C.スミス率いる、水文学者、気候学者、モデル解析学など多岐の専門分野を網羅するチームが、グリーンランド氷床の河川の測定値とモデル予測を比較した結果、モデルでは流出を21-58%過大評価したことが分かりました。このズレは大きく、モデルに何が欠けているのか、大きな疑問を投げかけます。

UCLA 大学院生のマシュー・クーパーはフィールドワークを指揮し、答えは足元にある筈だと気づきました。文字通りに。

「いわゆる、『天然氷』は、製氷した角氷と違って硬くはなく、分解されて腐敗しています」とクーパーが説明します。「実際に氷の上に立って下を見てみると、氷の表面全体が、ペン先の大きさから直径1mほどのものまで、水を一杯に含んだクリオコナイトホールに覆われていることがよく分かります。」


クリオコナイトホール。 写真提供:マット・クーパー

クリオコナイトホールは、クーパー達が研究対象としていた氷河融解域では、太陽光が氷に貫通することにより形成されます。雪とフィルンで覆われ隆起している層の裾に氷河融解域がありますが、その氷縁部上では融解が非常に速いため、氷河氷の表面が高密度になっています。氷河融解域では、太陽光が氷を2-3メートルの深さまで貫通し、温度は氷点下を上回ります。上層部は鉛直方向に融解し、平均で25cmの深さのクリオコナイトホールを形成、この半分まで水が溜まります。また穴の直下1~1.5mの深さにわたって、氷は多孔質で風化しています。

「ひとつひとつのホールの融解水量は少ないが、表面エリア全体に拡大して見積もると、その量は無視できません」

実際、クーパーたちは、研究対象となった集水域の多孔質氷に含まれる水量を予測・計算したところ、融解水は1000万トンと推定しました。

モデルでは、融解水が氷河の表面を、岩盤を流れる小川のように流れると予測していますが、どうやら融解域の氷河融解水は、ポケットや気孔を多く含む山の流水域で浅い土壌に浸透して流れる地下水のように、ゆっくり移動しているようなのです。

「但しまだ証明できていません」とはクーパー氏。「ラリー・スミスの研究では、まだ定量的に数値化は出来ていませんが、確かな関連があります」

現実をさらに複雑にするのが、クリオコナイトホールの水の表面数センチは毎夜凍結し、朝また融解するという現象です。

「毎日、相当なエネルギーが氷水の融解に使われています」とクーパー氏。「氷を溶かすのに必要となる一定のエネルギー量を、モデルに組み込む必要があります」モデルで夜間の凍結をシミュレートしていないと、そのエネルギー量が見えてきません。


RiverSurveyor M9 では、周波数を2つ使用して、速度、深度、流向測定に最適な信号を確保しています。写真提供:ジョニー・ライアン


挑戦~多難を乗り越えて

調査の間、RiverSurveyor-M9をHydroBoardに取り付け、川岸から対岸まで引っ張られながら横断データを収集しました。グリーンランドチームは毎時最低4回の横断データを取得しました。まず、これ自体が挑戦でした。川岸はほぼ垂直で、数百メートルに亘る下降流を経て、ムーリンへと落下しているため、RiverSurveyorがそれに飲み込まれてしまう危険があるのです。

「もし失くしてしまったら、それまでだと分かっていました」とピッチャー氏。ピッチャー氏は、オーバーストリート氏と、HydroBoard II 設計者であるボブ・カールソン氏と共同で、渡るのが不可能な河川の片側で操作が可能で、融解と昇華によって氷の表面が一日5センチ降下しても、固定に問題のないアンカーシステムの設計と装備を担当しました。


「もし失くしたら、それまでだと分かっていました」とピッチャー氏。写真提供:リンカーン・ピッチャー


「一旦、河川での調査セッティングを行えば、その片側の川岸でしか作業ができません」ピッチャーは説明します。

チームと道具一式を運んだヘリコプターは、河川の対岸へとピッチャー氏やチームメンバーを1-2度運ぶことはできても、ヘリが離陸すると身動きが取れません。

短時間の設置であれば、アイススクリューで事足ります。ですが一日が過ぎるころ、金属部分が太陽エネルギーを氷に伝達し、アンカー部の氷が溶けてしまいます。そこで、ピッチャー氏とオーバーストリート氏は氷河クライマーから知恵を借りて、粉状の表面の下にある高密度の氷1mの深さに「V」字を掘削し、厚いウェビングを貫通させてRiverSurveyorを制御し固定する装備を繋ぎました。

チームでは更に垂直の竹竿を氷に深く挿し込んで、ロケーション追跡データの定期校正用に、安定した地理参照点としました。


科学的アプローチの進歩

2017年後半に、チームでは5つの代表的な氷河融解モデルと並行して、2015年版リオ ベハールのデータを出版しました。 「Proceedings of the National Academy of Sciences」に発表された論文の著者陣は、スミス氏、レネマルム氏のような地質学者や水文学者だけでなく、観測・測定データを収集した大学院生、気候科学とモデリング専門家のジェナー氏他、多種多様な研究者グループの共著とされました。


「衛星写真を見て全てのデータを収集するような世界は、嫌なんだ」とリンカーン・ピッチャー。写真提供:リンカーン・ピッチャー

「これは、どちらのキャンプがより優勢かという話じゃないんです」ピッチャー氏が強調します。「いわば連携の賜物です」現地調査データを使って、モデリングをどう改善、説明していくかに我々は興味をもっています。

ブランドン・オーバーストリートにとって、グリーンランド氷床への複数回の渡航は、フィールドワークがもたらす価値とスリルの総決算です。それは、衛星写真や飛行計測では発見できない、詳細レベルの話です。

「グリーンランド氷床の第一印象は、広大で何の変哲もない土地で、ワクワクするのは氷山が崩壊する端の部分だけだということでした。ところが、氷河の表面でも、地球上の河川と同様に目を見張るようなダイナミックな河川システムが育まれていました - それはいわば、活動の急性期にある地球上の河川のようなものでした。」

「衛星写真を見て全てのデータを収集するような世界は嫌なんだ」

*研究活動内容と写真を共有いただいたUCLAグリーンランドチームに感謝を申し上げます。